英国を象徴するスーツ素材を、と言われれば、迷わずにネイヴィー地に白のチョークストライプス、どっしりした打ち込みの茶系のツイードーこのふたつが挙がるだろう。期せずして吉田と白洲が選んだ素材である。チョークストライプスは都会で着るべき柄であり、カントリーにはそぐわない。反対に茶系のツイードはあくまでもカントリーの色であり素材であって、都会に相応しいとは言えない。カントリージェントルマンなら、ウィンザー公が愛したグレナカートチェック柄を白洲も好みそうだと思ったが、顧客名簿にグレナカートチェック柄の生地破片はついぞ現われなかった。あまりに洒落っ気が強すぎると思ったのだろうか。戦争末に白洲が郊外に疎開したことについて、夫人であった正子は「英国式教養のいたすところ」と指摘した。「地方に住んでいて、中央の政治に目を光らせている。遠くから眺めているために、渦中にある政治家には見えないことがよくわかる」というわけだ。そうした人間がカントリージェントルマンと呼ばれる。英国貴族の多くがロンドンにタウンハウスを所有してはいるものの、地方の領地に宏壮な城を構えている。タウンハウスと地方の城では着るものも異なる。たとえばチョークストライプスは都市を象徴する柄であって、田舎で着られることはない。反対に茶色の服や靴はカントリーサイドのものであって、都市部では身に付けてはならないとされた。そして白洲が好んだツイードはカントリーサイドの代表的な素材だ。英国貴族のちょっぴり屈折したフェティシズムを示す、格好のエピソードがある。打ち込みのきっちりした上質のツイードは、じつに重くて硬い。ましてや新品の上衣を着るほど野暮なことはない。そこで自分と同じ体型の人間を雇い、仕立上がったばかりのツイードのジャケットを着せる。そして、柔らかくなり着古した感じが出てきた頃、自分が着るのだ。また、スーツを仕立てるとき、同じ素材で同じデザインのものを少なくとも6着は同時に誂える。じつは違うスーツを着ているのに、「あいつはいつも同じスーツばかり着ている」と言われることに無上の欲びを感じるのだ。イタリアだと仕立てる段階で柔らかくする。ツイード生地を何皮も熱湯や水に潜らせて揉み、柔らかくしてから裁断するのだ。ここにもピカピカの新品は野暮、とりわけツイードは着古したものが味わい深いという感覚が透けて見える。
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