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英語を一生懸命やったこと

ボク自身にとって、灘中の劣等生の頃のせめてもの救いといえば、英語を一生懸命やったことだった。中学に五番で入ったのに、一年間ろくすっぽ勉強をしないでいたら、下から数えた方が早い成績になったわけだが、このときは、ボク自身「勉強に向かん人間だ」と思いこんでいたし、「これというのも、ボクの親がほかの子の親みたいに東大や京大を出てへんからや」と、自分の不勉強をタナに上げて、本気でそう考えたものだ。そのときに、英語ならむこうの国ではどんなアホでもしゃべれるんだから、ボクにもできんはずがない、と思って英語だけを勉強することにしたのや。実は、これにはもう一つ動機があって、英語ができたらソコソコ食いはぐれがなさそうやし、こんな日本の国内では勉強できんで東大に行けんかったらミジメなだけやから、留学でもしようということも考えていたのだ。それに、なんとなく英語ができるのはカッコエエと思えたのや。この時点で、つまり中一が終わった時点で、灘中はもう中二までの英語の教科書をすべて終わっていた。